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feed <飛丸日記 2月24日> 「最後の課題」 (2018/3/10 16:57:54)
180223 赤本 散策

今日は最終日。
残り二軒の客先回りと共に、昼にはサポーターの「チームW」と食事。
伊藤忠にも顔を出し、営業関連の常務と人事部長にお礼のご挨拶。
最後はここまで進めるにあたっての最大の功労者、サポーターの「Kさん」に
お礼を言いに深夜に自宅に訪ねる。

ここまで本当に親身になって、サポートして頂いた。
メイルを何度も頂き、時にスカイプで議論。お互いの家を訪れ、時に叱咤激励。
1月30日、あの瞬間の直前に「ほぼ出来た」と思えたのは、彼のお陰である。
深夜23時に訪問。12時半まで1時間半談義。
明日9時半成田という慌しさの中、止むを得ず、かなり強引な訪問だった。
振り返ると、これは反省。
人の迷惑を考えないで、自分の気持ちを満足させる為にする
「感謝の押売り」「親切の押し売り」
やってはならないことである。

深夜1時、帰国後25日目にしてやっと息子の顔を見る。
昨晩も帰宅したが、夕食後直ぐに倒れこむように寝てしまったらしい。
早速、息子、嫁さんと家族会議。
平行して対応にあたっていたとある問題。
全てが終わってから本屋に行き、改めて「大学」というものを調べ直す。
「今頃になって?」いや、「何事も遅すぎということはない」筈だ。

自然と思い出される自分の高校時代。
自分がどういった職業につきたいのか、全くわからない。
そもそも世の中の職業と言うものを子供は知らない。
選べと言っても、無理である。
数少ない経験。小さい頃、親父に連れられて、何度か商談に同席した。
「なんか面白そうだなあ。」
小さい頃から何度も聞かされる「人付き合いの大切さ。面白さ。」
将来の職業、「商売、商談をする人」かな。

大学の専攻は?
中学の頃から理科が、特に物理学が好きだった。
高三の時の担任、物理の先生にも親しみを感じる。
「良し、大学では物理学を極めよう。でも就職は商社だな。」

どの大学に行こうか?
物理の先生曰く、「人生で大学時代が一番面白い。やりたい事をやれ。」
自分がやりたい事。・・・空を飛びたい。
アマチュア無線で何度も通った火剣山。菊川一高い山 (標高286m)。
無線をしながら日がな一日過ごした中学時代。頭上を優雅に飛ぶトビ。
「あんな風に空を飛んでみたいなあ。」
「良し、大学はハング・グライダー部のある所にしよう。」
早速、当時のハング・グライダーのバイブル「鳥になる本」を購入する。
クラブがあり、物理学科がある国立大学は、偏差値の低い順に・・・
琉球大学、横浜国立大学、千葉大学、神戸大学、大阪大学。
それまでは、やる気が起こらず迷走中。成績はパッとしなかった。
「大学は沖縄かあ。でも勉強して、少しでも上の大学に行ける様にしよう。」

勉強机に5つの大学を書いて貼る。目標設定。
猪突猛進型。目標が決まると、こちらのものである。
自分でもびっくり。あれよあれよと偏差値が上がり、最後は大阪大学に。
進路を決めるにあたって、親父にも相談。その言葉は、今も胸にある。

その後は自分の敷いたレールを一直線。
それにしても、なんていい加減な大学、職業の選択か。
まあ、世の中を知らない学生に取って、やれる事はそんなもんだろう。

「小・中・高、大学時代の友達で、一番長く付き合うのは大学時代だ。」
心に残っている幾つかのI先生の言葉。
今思うと半分は当たっていたが、半分は大間違いだった。
ハンググライダーを続けていて良い点。
大学時代からも含めて、数十年来の付き合いの友達が一杯いる事。
大間違いだった点。「人生で大学時代が一番面白い」
大学時代はまだまだ人生の準備期間。
社会に出て初めて、人は一人前になる。
多くの人との出会い。社会的自立。広がる世界、経験。

「歳を取ると、時間が経つのが早く感じる」という。
私にはわからない。いや、全く逆である。どんどん遅くなっているようだ。
そのうち止まりそうなスピード感。
新たなドラマが次から次へと起こり、新鮮な、密度の濃い毎日。
そういえば、今年になって一日を48時間にする方法を発見した。
いや、でもまだまだだ。
先日の全社員総会で行った私のプレゼン資料。出だしは昔の資料の流用。
伊藤忠中近東会社の社長になった時、2時間掛けて社員に説明したものだった。
実はブラック企業もどきにならないように今回は結論を削除している。
その最後は「私は一日72時間働きますので、皆さんついて来て下さい」
というものだった。

さて、まだ物心がついていない高校三年生の我が息子。
とは言えここまでくれば、父親が出来る事は限られている。
自分の道は自分で考えるしかない。
「最後に決めるのは自分である。」

父親として、子供にすべきと思うこと。
1)善悪の判断が出来る様にすること。
  ・社会生活を送る為の最低限のことである。
2)精神的、経済的に自立させること。
  ・親がいなくなっても生きて行かなければならない。
3)自らの経験を語り、様々な世界を見せ、視野を広げさせ、考える機会を与えること。
  ・世の中は変わる。それに対応し、次世代を担う責を子供は負っている。
4)成功体験をさせること。
  正確には 「精進の量に対して、成果(喜び)は指数関数的に伸びて行く」
  と言う事を分からせる事。
  ・幸せに生きる為のコツの一つである。
   これさえ分かれば、後は人間、喜びを求めて自ずと精進するものである。

高校時代、まだ物心がついていなかった私。
息子を見ているとまるで自分の様だ。
大学に入学して「衝撃」に遭遇する。
阪大PFCの先輩「人生で三番目に尊敬する人、鈴木さん」
輝くその存在は、私を含め、みんなの憧れだった。
何故、鈴木さんはあんなにも輝いていたのか。
何事にも全力疾走。全てが超一流。
溢れ出る才能と、それに驕らないひたむきな努力。
「精進の量に対して、成果(喜び)は指数関数的に伸びて行く」
才能に欠けた自分が、諦めず今でも鈴木さんを追いかけられるのは、
このコツを彼から学んだからである。

世間様とは全く違う、異端児の私。
違う理由の一つは、工場の横に家があり、親父の働く姿を見て育ったことだろう。
普通のサラリーマン家庭では難しいことだ。
息子には、それが出来ない。
今の自分に出来ること。
人生のコツに従って生きる自分の生き様の、ブログへの書き留め。
後は息子が、物心ついてから、このブログを読んでくれることを祈るばかり。

彼もいつかこの人生の面白さをわかってくれるだろう。

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