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<飛丸日記 12月26,27日> 「全てはハングの為に」
飛丸日記
(2024/12/25 18:57:24)
<飛丸日記 12月26,27日> 「全てはハングの為に」 (2019/1/8 21:06:18)
小学校5年、町のマラソン大会で突然優勝。
以後、小学校・中学校と校内マラソン大会では向かうところ敵なし。
宗兄弟、瀬古利彦に憧れて、オリンピックを夢見る。
そんな少年に、再びオリンピックへの夢が訪づれたのは、
92年バルセロナ・オリンピックだった、
先ずはエキジビション競技に選ばれ、ゆくゆくは正式種目になる。
そんな噂がハング界に流れ、実際にアマチュア競技たるべき、と
世界的に大会での賞金授与が自粛となった。
オリンピック参加なら、人生を掛けるだけのことはある。
会社を辞めてハング一筋に生きようか、と真剣に悩んでいた若かりし頃。
会社を辞めずに続けていたのは、仕事が面白く、
また仕事がハングに役立つと思ったからである。
大会では、一定の技量さえあれば、戦略・戦術、攻め方が非常に重要になる。
ビジネスを通して学ぶことは、間接的にハングに役立つ筈だ。
止める決心がつかなかった者の言い訳だったのだろうが、
振り返ると、確かにハングに活きるビジネス経験は山程ある。
学んだ事を十二分にハングに活かせなかったアホな自分。
寧ろ、ハングで得た経験が沢山ビジネスに活きている。
さて本題。
カメラを水没させてまで取ろうと思った興味深い光景。
それが最後の写真。ボートの後流である。
「あれっ、これって ハングで軽飛行機に曳かれる時の
トーイングの後流そのものではないか。」
三次元空間の波が、二次元になっているだけ。
いや、見えている分だけこちらの方が分かりやすい。
この夏、フランスで巻き込まれて操縦不能に陥った、アレである。
試しに後流の真後ろの静態部分を行く。
荒波を乗り越えて全くの静態を進む。また戻る。
ボートには、わざとスラロームを描いてもらい、後流の動きを観察する。
ふーん。何事も勉強、勉強、である。
最終日、ついにWake Boardに挑戦。
Wake Boardを初めてやったのは、確か27年前。そして最後にやったのも27年前。
ハング仲間のダヤンと山崎さんに連れられて、霞ケ浦で2,3度、トライした。
ジェット・スキーで引いてもらって、なんとか立った程度。
昔の記憶を頼りに、兎に角、Try & Error。コーチはいない。
曳かれ始め、強い衝撃。立つ為に、全力で踏ん張る。耐え切れず、リリース。
7回の失敗。持ち時間は2000円で15分の筈。恐らく既に大幅に超過している。
善意で続けてくれるスタッフさん。
失敗に次ぐ失敗、どうしたら立てるのか考え、新たな試みを続ける。
8回目、やっと「立てた!」
写真は12回目。
9,10回目と失敗して、11,12回目と成功。徐々に要領を得る。
このままでは終われない。良し、ブルネイに戻ってからも続けよう。
7回の失敗から得た教訓を元にその後大幅向上。
私の自慢話そのXX 「失敗経験の多さだけは、誰にも負けない自信がある」
「問題は失敗から何を学ぶか」である。
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<飛丸日記 12月26,27日> 「全てはハングの為に」 (2019/1/8 21:06:18)
小学校5年、町のマラソン大会で突然優勝。
以後、小学校・中学校と校内マラソン大会では向かうところ敵なし。
宗兄弟、瀬古利彦に憧れて、オリンピックを夢見る。
そんな少年に、再びオリンピックへの夢が訪づれたのは、
92年バルセロナ・オリンピックだった、
先ずはエキジビション競技に選ばれ、ゆくゆくは正式種目になる。
そんな噂がハング界に流れ、実際にアマチュア競技たるべき、と
世界的に大会での賞金授与が自粛となった。
オリンピック参加なら、人生を掛けるだけのことはある。
会社を辞めてハング一筋に生きようか、と真剣に悩んでいた若かりし頃。
会社を辞めずに続けていたのは、仕事が面白く、
また仕事がハングに役立つと思ったからである。
大会では、一定の技量さえあれば、戦略・戦術、攻め方が非常に重要になる。
ビジネスを通して学ぶことは、間接的にハングに役立つ筈だ。
止める決心がつかなかった者の言い訳だったのだろうが、
振り返ると、確かにハングに活きるビジネス経験は山程ある。
学んだ事を十二分にハングに活かせなかったアホな自分。
寧ろ、ハングで得た経験が沢山ビジネスに活きている。
さて本題。
カメラを水没させてまで取ろうと思った興味深い光景。
それが最後の写真。ボートの後流である。
「あれっ、これって ハングで軽飛行機に曳かれる時の
トーイングの後流そのものではないか。」
三次元空間の波が、二次元になっているだけ。
いや、見えている分だけこちらの方が分かりやすい。
この夏、フランスで巻き込まれて操縦不能に陥った、アレである。
試しに後流の真後ろの静態部分を行く。
荒波を乗り越えて全くの静態を進む。また戻る。
ボートには、わざとスラロームを描いてもらい、後流の動きを観察する。
ふーん。何事も勉強、勉強、である。
最終日、ついにWake Boardに挑戦。
Wake Boardを初めてやったのは、確か27年前。そして最後にやったのも27年前。
ハング仲間のダヤンと山崎さんに連れられて、霞ケ浦で2,3度、トライした。
ジェット・スキーで引いてもらって、なんとか立った程度。
昔の記憶を頼りに、兎に角、Try & Error。コーチはいない。
曳かれ始め、強い衝撃。立つ為に、全力で踏ん張る。耐え切れず、リリース。
7回の失敗。持ち時間は2000円で15分の筈。恐らく既に大幅に超過している。
善意で続けてくれるスタッフさん。
失敗に次ぐ失敗、どうしたら立てるのか考え、新たな試みを続ける。
8回目、やっと「立てた!」
写真は12回目。
9,10回目と失敗して、11,12回目と成功。徐々に要領を得る。
このままでは終われない。良し、ブルネイに戻ってからも続けよう。
7回の失敗から得た教訓を元にその後大幅向上。
私の自慢話そのXX 「失敗経験の多さだけは、誰にも負けない自信がある」
「問題は失敗から何を学ぶか」である。
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