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<TMC日記 1月18日> 「サラリーマン遠隔経営」 第三章 始まり
飛丸日記
(2024/10/31 8:42:30)
<TMC日記 1月18日> 「サラリーマン遠隔経営」 第三章 始まり (2019/1/20 21:31:22)
1月18日(金)、早朝日本着。
今年、初めてくっきりとした日の出を見る。
羽田空港に降り立ち目にした光景は、丁度1年前のBLOGを私に思い出させた。
2017年1月60日「人生で三番目に忙しい時」
http://tobimaru888.blog.fc2.com/blog-entry-279.html
町工場を経営する親父。一昨年末に癌が見つかり、昨年1月9日手術。
順調な手術結果を受け、退院間近と言われていた中で、30日急逝。
このBLOGをアップした、その数時間後のことである。
「人生なんとかなる、ではなく、なんとかする。」
思いも寄らない1年の幕開けであった。
それから1年。まさかその忙しい状態がそのままの勢いで一年間続くとは思わなかった。
いや、実際には明らかに加速している。
翌日19日(土)の親父の一年祭を前に、静岡の(株)トミハラに出社。
社会保険労務士、司法書士、税理士、工場見回り、社員さんとの個別面談、
慌ただしく一日を過ごす。
お昼は全社員集会。昼食を一緒に食べ、その後社員さんとの話し合い。
話初めの第一声。
「昨年1月30日に親父が亡くなってからの一年間を振り返えると、
感想を一言で言うと、個人的な事ですが、よくまだ生きているなあ、という感じです。」
ハング・グライダーでオーストラリアの大会に参加した時、
仲間内での合言葉は「STILL ALIVE」(まだ生きている)である。
灼熱の土漠で、数日に渡って行われる競技。
「毎日必ず水を最低6L飲むこと」お互いに確認し合う。
最後まで無事に飛び続ける事。
「生き残る事」 こそが人生で一番大事なことである。
「経営者がどう頑張ろうが、勝手にやっている事。社員の皆さんにとっては、
『私には関係ない事だ』と思われると思います。私もそう思います。」
ブルネイ・メタノールで2時間程の残業を終え、帰宅して夕食を作る。
22時就寝、深夜1時起床。4時まで(株)トミハラの仕事。6時半起床。朝飯と弁当を作る。
この変則1日2業務体制はその後ほぼ毎日続いている。
病気もせず、いや、死なずに一年続いている。
我ながら不思議な程のタフさである。
「でも、私が皆さんに伝えたいことは、そんなことではありません。
私には頑張っているという感じはありません。自分がやりたいからやっている。
いや、やる事で幸福を感じられるからやっている。
ストレス・フリーなんです。
皆さんにもそんな思いで仕事に取り組んでもらいたいと思います。
「人はどんな時に幸福を感じられるのか。ある本によると、4つあります。・・・」
偶にしか会えない社員との対話の日。
社員さんの声を聴き、対話の場であるべきなのだが、相変わらず「冨原節」が続く。
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<TMC日記 1月18日> 「サラリーマン遠隔経営」 第三章 始まり (2019/1/20 21:31:22)
1月18日(金)、早朝日本着。
今年、初めてくっきりとした日の出を見る。
羽田空港に降り立ち目にした光景は、丁度1年前のBLOGを私に思い出させた。
2017年1月60日「人生で三番目に忙しい時」
http://tobimaru888.blog.fc2.com/blog-entry-279.html
町工場を経営する親父。一昨年末に癌が見つかり、昨年1月9日手術。
順調な手術結果を受け、退院間近と言われていた中で、30日急逝。
このBLOGをアップした、その数時間後のことである。
「人生なんとかなる、ではなく、なんとかする。」
思いも寄らない1年の幕開けであった。
それから1年。まさかその忙しい状態がそのままの勢いで一年間続くとは思わなかった。
いや、実際には明らかに加速している。
翌日19日(土)の親父の一年祭を前に、静岡の(株)トミハラに出社。
社会保険労務士、司法書士、税理士、工場見回り、社員さんとの個別面談、
慌ただしく一日を過ごす。
お昼は全社員集会。昼食を一緒に食べ、その後社員さんとの話し合い。
話初めの第一声。
「昨年1月30日に親父が亡くなってからの一年間を振り返えると、
感想を一言で言うと、個人的な事ですが、よくまだ生きているなあ、という感じです。」
ハング・グライダーでオーストラリアの大会に参加した時、
仲間内での合言葉は「STILL ALIVE」(まだ生きている)である。
灼熱の土漠で、数日に渡って行われる競技。
「毎日必ず水を最低6L飲むこと」お互いに確認し合う。
最後まで無事に飛び続ける事。
「生き残る事」 こそが人生で一番大事なことである。
「経営者がどう頑張ろうが、勝手にやっている事。社員の皆さんにとっては、
『私には関係ない事だ』と思われると思います。私もそう思います。」
ブルネイ・メタノールで2時間程の残業を終え、帰宅して夕食を作る。
22時就寝、深夜1時起床。4時まで(株)トミハラの仕事。6時半起床。朝飯と弁当を作る。
この変則1日2業務体制はその後ほぼ毎日続いている。
病気もせず、いや、死なずに一年続いている。
我ながら不思議な程のタフさである。
「でも、私が皆さんに伝えたいことは、そんなことではありません。
私には頑張っているという感じはありません。自分がやりたいからやっている。
いや、やる事で幸福を感じられるからやっている。
ストレス・フリーなんです。
皆さんにもそんな思いで仕事に取り組んでもらいたいと思います。
「人はどんな時に幸福を感じられるのか。ある本によると、4つあります。・・・」
偶にしか会えない社員との対話の日。
社員さんの声を聴き、対話の場であるべきなのだが、相変わらず「冨原節」が続く。
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