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feed 二宮忠八は空を飛べたか? (2022/6/10 16:16:37)

最初に飛行機を飛ばしたのは、ライト兄弟ということになっていますが…。

リリエンタールが滑空機の飛行に成功して以後…。

世界中で、「これに動力を付けてやれば、ずっと飛び続けられるものができる!」という共通認識が生まれ…。

実は、各国で飛行機の研究が行われていました。

日本でも、二宮忠八という方が、この飛行機(忠八は飛行器とした)の研究をしていましたが、ライト兄弟に先をこされ

たことで、その研究を断念しました。

さて、それでは、この二宮忠八の飛行器は、実際に飛ぶことが出来たのでしょうか?

今夜は、それについて考えてみたいと思います。

 

二宮忠八さん。この方、かなり飛行機の研究をしていたことは、まず間違いありません。

この方が作ったもので有名なものに、「カラス型飛行器」があります。

ゴム動力の模型飛行機なのですが、この飛行機よく見ると…。

方向安定は悪いものの、既に飛行に必要なものが備わっています!

文献によると、地上滑走による飛行、手投げによる飛行と成功しています。

確かに、この形であれば、飛ぶと思います。

驚くべきは、プロペラの位置、およびその角度。

ちゃんとピッチアップ、つまり、頭が上がる力を押さえつけることが出来るものになっています。

ピッチアップとは、飛行機のパワーが大きい時に、頭が上がってしまう現象をいいますが…。

この動きが出るということは、ちゃんとピッチの安定がとれていたとう証拠にもなるのです!

以前、私はこのブログの中で、「どんな形の飛行機でも飛ぶんです!」という連載をしたことがありますが…。

そこで、くどいくらい、主翼と水平尾翼の取り付け角の関係について述べさせていただきました。

主翼と水平尾翼は、浅い逆ハの字の関係になっていることが必要です。

↑これですね!

忠八は、既にこのことを知っていたのだと思います。

そのため、カラス型飛行器では、ゴムの動力が強い時、ピッチアップしてしまう動きを、プロペラの位置と角度で押さえ

つけ、うまく飛ぶように工夫していたことが考えられると思います。

さらに…。

主翼には、しっかりした上反角もあります。

つまり、ロールについても安定性が持たされたものになっているので、飛行体としてかなり完成された形になっていると

いうことです。

 

さて、それでは忠八が実際に自分が乗って飛ぼうとした「玉虫型飛行器」について、考えてみたいと思います。

これですね!

…。

なぜか…。

水平尾翼にあたるものがありません…。

普通に考えると、ピッチがあまりにも不安定なため、連続した飛行は難しいと思いますが…。

一瞬だけのジャンプ程度ならば可能であったのでは?と、私は思います。

カラス型飛行器では、ちゃんと水平尾翼があったのに…。

この玉虫型飛行器の場合、プランク翼という、主翼の後縁部分が反りあがった形のものでなければ、ピッチの安定を保つ

ことが出来ず、連続的な飛行は不可能なのです…。

ただ、下の翼が、今でいう補助翼の役目があったそうで…。

補助翼とは、エルロンとも呼ばれていますが、飛行機のロールの動きを制御するものです。

これは、世界で一番最初に忠八が考案した、先進的なアイデアなのでは?と、思います。

ライト兄弟は、これを主翼全体を捩じることにより、同様の効果を出していました。

実はこのロールの動きの制御をおこなうことが出来たのは、当時、世界的に見てもライト兄弟と忠八だけだったのです。

これについてはスゴイ!と思うのですが…。

う~ん…。

やはり、一瞬のジャンプ飛行くらいまでじゃなかったのかな~…。と、私は正直思います。

また、忠八は動力として12馬力のエンジンを使おうとしていたようですが…。

おそらくパワー不足…。

プロペラの抵抗が大きそうなので、少なくとも、その2倍以上のパワーが必要と思います…。

 

 

二宮忠八は、愛媛県の八幡浜の生まれ…。

幼少のころから好奇心旺盛で、いろいろなものにチャレンジしていたようです。

軍に入隊し、飛行機の有益性を訴え、飛行の研究を助成してもらおうとしましたが、それが認められず、自費で研究する

ことになります。

軍を退役後、薬関係の仕事をしますが、実は、その時の同僚に、塩野義さん、田辺さん、武田さんがいたようです。(説

明は不要ですよね!)

ライト兄弟が先に飛行に成功してしまい、飛行機の研究を断念しましたが、その後、飛行神社の神主として、日本の飛

行機の安全を祈ったそうです。

香川県、道の駅空の夢もみの木パークに隣接して、この方の資料館があります。

 

…。

さて、実を言いますと…。

私…。

この二宮忠八の子孫に会ったことがあります。

もう20年以上前、当時大学生だった彼は、私のところへハンググライダーを習いに来ていました。

現在、私はスカイスポーツ用品の製造メーカーを営んでおりますが、当時はハンググライダーのインストラクターをして

いたんです。

彼は、そこそこ飛べるようになりながらも、大学卒業とともに見かけなくなり、それっきり音信不通だったのですが…。

先日、そんな彼が、バイク関係ではそこそこ有名なユーチューバーをやっていることを見つけました。

ご興味のある方は…。→ 二宮祥平ホワイトベース

…。

ネットを使って幅広く仕事をしているようで、バイク関係の著書なども出版しているようです。

まさに…。

時代の先を見ながら仕事をし、そして、好奇心旺盛なところは、ご先祖譲りなのかもしれません…。

 


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