ホーム >> RSSセンター >> 51歳でも進化できるグライディング~2022年世界選手権パイロットレポート~

RSSセンター

  メイン  |  簡易ヘッドライン  

link Team Maru-WGC Team Maru-WGC (2024/12/25 18:57:23)

feed 51歳でも進化できるグライディング~2022年世界選手権パイロットレポート~ (2022/8/30 18:42:49)



  TEAM MARU パイロット 丸山毅


TEAM MARU の挑戦 2022 が終了しました。 2022 年世界選手権ハンガリー大会の 総合成績は 32 / 得点率 82% でした。この結果は 2014 年世界選手権ポーランド大会の 31 / 得点率 84% と大差ないものに見えるかもしれません。ですが日々のフライトを振り返ると、得点率 90% 以上が 4 回、 9 1 回、 10 1 回と、パイロット自身としても、現地参加クルーの視点からも、大きな成長を実感でき、「この年齢でも成長できた」という大きな喜びを得た大会となりました。

  前回の 2018 年世界選手権チェコ大会において、 18m クラスのトップパイロットが使用する機体が前世代の ASG29 から新世代の JS3 Ventus3 に一新されました。大会中好条件に恵まれたこともあり、デイリーウイナーの平均速度が 140 150km/h 台とハネ上がり、それがレース期間の半分を占めるという異次元の高速レースとなりました。新世代機の高速性能が遺憾なく発揮されたわけです。

  私はもともと高速レースに苦手意識がありましたが、それ以上に、私の当時の機体 ASG29 では新世代機が叩き出す 220km/h の巡航速度について行けなかったことがストレスになり、成績を下げる大きな要因となりました。有り体に言うと、上位陣のガグルと飛ぶことができなかったのです。そのため 2018 年大会は 36 / 得点率 79% の結果になっていました。

  そこで、次の世界選手権 2020 年ドイツ大会、 2021 年ハンガリー大会への挑戦に向けて、以下 3 点の対応を目標に準備を行いました。

  ①高速レースへの対応(最新世代レース機 JS3 への乗り換え)

  ②高速ガグルへ対応した確実なスタート、コース上でのガグルを利用したフライト

  ③常に冷静な対応(パニックにならない)

 

※ガグル:複数のグライダーが同じ上昇気流内で同じ回転方向にサーマリング(クライム)している状態。「あそこに 5 機のガグルが見える」など、複数のグライダーをまとめて「ガグル」と呼称します。また「先頭のガグルに追いついた」「後続のガグルに追いつかれた」と表現する場合はクライム中であるかどうかに関わらず、単にグループとしてのグライダーを指し示している場合もあります。

目に見えないサーマルに対し、既にクライムしているグライダーは容易に視認できるため、上昇気流を効率的に見つける手段として利用され、グライドの際はより空気の沈みの少ないコースを選択するためマーカーとなります。 1 1 秒を争う競技では多くの機体が同じ上昇気流に集まる傾向があります。ただし先行するガグルを追いかけることが必ずしも正解とは限りません。また、クライム時の技量(上昇率)やグライド時の性能(下降率)に差があると、同じグループ、同じガグルをフォローし続けることは難しくなります。ここではトップパイロット達が形成する「クライムもグライドも速い」集団を「高速ガグル」と表現して、ミドルクラス以下のガグルと区別しています。


常に冷静な対応(パニックにならない)

・「今ここ」に集中することでの不安の解消

私は発生した過去のこと(例:すでに飛んでしまったコース選択)や、将来のこと(アウトランディングするかも。。)といった「コントロールできないこと」に意識が揺れてしまい、不安を自分で増やしてしまうパイロットでした。

競技中は「今ここ」に集中します。将来・過去の「コントロールできないこと」をあれこれ考えると「不安」が増大します。「コントロールできること(今ここにあること)」に集中することで、不安を発生させず飛行することができます。

  前述の早い時間のまとまっていないリフトの下で上がらない例の場合を例にすると、上の機体が上がっているのに下にいる私が上がれないことで、「なんで?」とパニックになることが過去にはありました。でも「今ここ」のクライムに集中することで、冷静に次の強いバブルが上がってくるのを待つことや、そのサーマルでは高度差がついたままサーマルアウトして、次の大きな雲ではセンターを少しずらすことで良いコアを探して追いつくという「今ここの雲」でのクライムに集中する、といったことができるようになったことで、自ら生み出していた不安から離れることができるようになりました。

  スタート前の 40 機以上のビックガグルでの対応も、従来は自分だけ上がることができず焦ってパニックになっていましたが、ガグルの上に上がる技術が分かったことで、ガグルの上が雲で蓋されている様なケースでも落ち着いてガグルの中の高い位置のキープをし、高い良いスタートの対処をすることができました。


・自分との約束事

悪くなる行動パターンに入ってしまうと、焦ってさらに悪い状態になります。悪くなる行動パターンを特定し、そこに入らないような行動を取るようにしました。

  ・自分との約束事(その 1 )ストレスを上げない為に高度を下げない

タスク飛行中に高度を下げてしまうと、取りうる選択肢が少なくなり、ストレスが高まります。今大会では対流層が深いことが多くありました。このような気象条件の場合リフトの間隔は広がり、ドライなブルーサーマルは低い高度からは上がりづらいことが多くあります。 2018 年は高度を下げても上げ直せる自信がついたことから、高度を下げることをいとわない(強いリフトを求めて弱いリフトは捨てて前に出る)フライトをして、結果エンジンリスタート(アウトランディング)がありました。しかし、今回は対流層が深いこともあり、対地高度 1000m を切らないこと、切りそうになったら減速して弱いリフトでも上げ直すことを心がけ、選択肢を減らしたことからのパニックに陥らないようにしました。

  ・自分との約束事(その 2 )クライムで差がついた時に相手を気にしすぎない

同じサーマルにいるのに上昇率で差がついておいて行かれると、どうしても上の相手が気になって焦って上を見てしまいます。結果、上を見すぎることで操縦桿を引っ張ってしまい、速度抜けが発生しがちです。 JS3 は高い翼面荷重(水バラストを多く積んだ状態)ではサーマル旋回中の速度が速い( 120km/h 以上)ため、操縦桿を引っ張りすぎると速度抜けが発生しやすくなります。操縦桿から手を離しても速度をキープするようにトリムを設定、上昇率の差から相対的に相手と高度差( 120m 以上)ができたときは上にいる相手の機体を焦って見つづけないよう、高度差は Flarm 画面で確認することで、自分のクライムのフィーリングに集中するようにしました(上と下でバブルが違うといくらフィーリングを重視しても下では上がらない場合もあります)。

  ・自分との約束事(その 3 )セルフトーク

コース上で高度差がある状態でガグルを追いかけることに集中しすぎると、自分は低いままなのに追いつこうとした結果、ファイナルグライドでフィニッシュまでの必要高度が足りなくなってしまう場合があります。大事なことは確実にフィニッシュすることなので、タスクの残り距離が 100km を切ったら、フィニッシュ態勢に入れることに集中するために「あと 100km 、ここからは追いかけすぎずにファイナルグライドに集中」と声を出し(セルフトーク)、追いかけすぎて低くしないように、後ろから高度を高く取ることを心がけました。これは、前方に対流の悪いエリアがある場合も同様のことが言えます。

  前述の PEV スタートについても、「これから 1 回目のイベント押しまーす」と無線でベースキャンプに宣言することで、自分の想定するスタートタイミングを明確にしました。

  ・年を重ねたことで得られたもの(加齢によるメンタルの安定)

私は準備を綿密に行ってから行動するタイプで、想定から外れたことが発生すると、焦ってストレスになってしまうタイプです。年齢を重ねたことで、反応速度などの運動能力は劣化していると感じていますが、想定外に発生した事象に対して焦ること、腹を立てることが明らかに減少し、おおらかに、楽観的に捉えられるようになっていると感じています。一般的には、ミドル世代は加齢によりあるべき姿と自分自身の乖離でメンタルが不安定になる、と言われていますが、私の場合は出来ない自分がありのままの自分と捉えられるようになってきたのかもしれません。今大会はいままでになく機材のトラブル(右翼端水バラストバルブトラブル、テールタイヤパンク、牽引車窓開かなくなる、車エアコン壊れる、トーバー溶接破損、無線アンテナのコネクタがあわない)が多発しましたが、なんとかなるでしょうと対処できました。これは年齢を重ねたことの大きなメリットと思っています。


 
・競技期間中の過ごし方(良い睡眠、脳のリカバリー)

日々の振り返りは大事です。が、終わったフライトのこと(とくに失敗したとき)を考えすぎると、その分析のためにパソコンを使いすぎて脳が休まらず、良い睡眠が取れなくなってしまいます。毎日良い睡眠をとるために、夕食前に支援者の皆さん向けのメールマガジンにその日の振り返りを 10 分程度で書くのみ、として当日に他の機体のログの見直しはしないように方針を変更しました。これも日々の成績が安定したことで、振り返りが短くできるようになったためだと思います。夕食はチームで楽しく取り、お酒もたしなむ程度に飲んで、気持ちよく眠くなって寝る、を心がけました。(大会中はアルコールを控えているパイロットも多いです)。

チームで借りた家のテラスにて。メンバーで集まって一緒に夕飯をとりました。


  ・リスクマネジメント

Task 6 :寒冷前線通過後の西風の強い日でした。上空が冷えているので上がり、風が強いのでクラウドストリートができました。関東の寒冷前線通過後と異なるのは、前線通過後も空気が湿っているためトップが低く、雲がスプレッドアウト(積雲が湿った空気の層の影響で層雲状に広がってしまい、日射を遮ってリフトが発生しづらくなる状態)しやすいため、高度を下げてしまったときにスプレッドアウトが重なると上がりづらくなる難しい状況になりがちな点があります。当日のタスクはリフトの弱くなることの多いドナウ川を渡りさらに西に行く設定でしたので、上がりづらい川のエリアをどのように越えるかがポイントでした。川の手前でかつ第一旋回点直前で少しだけがグルグループの前にいたことで、ラッキーなサーマルで少しだけガグルより高くサーマルアウトしたことで、上昇気流の弱くなる川のエリアに少しだけですが高く到着できました。上位陣は川の手前で早くクライムして川を渡りました。それに比べると強いサーマルを見つけるのに時間がかかったことで遅れましたが、川の手前でクライムして川を越えることができ、ミゼラブルな状況(アウトランディング)を避けることができました。対策として強いて言えば、「川のエリアまであと x km 」を無線でコールしてもらう、などがあるとリスクの高いエリアを飛び越えるための注意喚起になったかもしれません。

  ・失敗


execution time : 0.020 sec